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嘉麻の里
2005年7月号 『中国の反日デモ』
  5月の連休中、アメリカに行き、チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官、ハドレー大統領安全保障担当補佐官等の外交・防衛関係に影響力のある米政府高官と個別に話し合う機会がありました。
   私の方から言ったことは、「テレビや新聞を見ていると、最近のアメリカの安全保障に関する意識は、中近東地域に偏りすぎている。このユーラシア大陸の東半分では、未だ冷戦構造は崩壊しておらず、デタントが進んでいる状態ぐらいなんだと認識するべき。例として朝鮮半島、台湾海峡等がある・・・」。これへの返事は極めて明確で、「全くその通り。我々も同じように認識しているからこそ、今年2月、日米外相プラス国防大臣会談を行い明解な合意をしたのだ。それより日中関係はどうか・・・」と逆に質問がありました。そこで「日本と中国は大化の改新このかた、1500年以上の長きにわたって両国関係は常に緊張の連続だったのが歴史。この70年間位の話しではないんで、そんなに心配してもらわなくても結構。大事なことは、日本とアメリカの GDPを合算したら世界の約43%になる。その両国関係がしっかりしておけば、対中関係も心配する事はない」と返答しました。
   多分私のこの情勢分析は「異論」に見えることでしょう。しかし、私が予想していた以上に早いペースで、北東アジアの冷戦構造も終焉を迎えつつあるのではないか。分かりやすく言えば、共産党一党独裁による中華人民共和国体制が終わりつつあるのではないかと思われます。思い出してみて下さい。1979年、ソ連軍のアフガニスタン侵攻の時、10年後の1989年にベルリンの壁が崩壊することを予想した人は一人もいらっしゃらなかったんではないんですか。
   一党独裁が崩壊する経緯というのは、政府の情報管理ができなくなることだと、我々はソ連のペレストロイカで習いました。あの当時、すでに西側のテレビやラジオ番組が東側に流れていたんですが、今回の「反日」デモは、中国で使用されている約3億台の携帯電話が主力と思われます。なぜなら、今回のデモは大学生の溜まり場で、200人程度の小規模デモを行う許可を得たのが始まりだったんですが、それが1万人にまで膨れて日本大使館に投石するほど無秩序になってしまったんです。
   このデモ騒ぎを中国の新聞もテレビも、今まで公式には報道していません。しかし北京で起こった騒ぎは、翌日には広州にまで拡がっております。日本政府は、中国政府に対して、治安維持の行動を要請したんですが、「天安門事件」の後遺症もあって、戦車の出動とはいきません。加えて、1990年代から中国の教科書は「抗日」「反日」の話しを多く記述させており、インターネットで反日デモ参加を煽る人達を抑えられなかったのが実情ではなかったんでしょうか。法輪功が無許可の集会を行った時に大弾圧を加えた中国政府は、今回は世界注視の中で他国の大使館が暴徒によって襲撃される状況を制止できませんでした。昔から社会秩序を維持できない政府は、国家とは言えなくなっしまうのです。この事実はルーマニアやキルギスタンの例を見るまでもなく、我々は歴史の中から学ぶことができます。
 今回の反日デモの正当性ということは別にして、一般的に言って、自国の首都において、外国の公的な施設に対する破壊行為が公然と行われたことは、中国にとって対日外交上の汚点になっただけではありません。中国自身のイメージを、甚だしく損なった不祥事になったことは間違いありません。秩序維持のために派遣された警察が、暴徒を制止することなくただ傍観していた行為は、テレビ映像を通して世界中に拡がりました。
   この矛先はいつか自分自身に向いてくるかも知れないと中国政府は思っているでしょうが、この騒ぎは全て中国政府自身の手で対処しなければならない国内問題で、断じて日本の責任ではないことだけは、肝に据えておかねばなりません。


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