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2007年11月号 |
『 保 守 再 生』 |
甚だ、突然の総裁辞任でした。自由民主党結党50有余年の歴史で、こういう型での辞任のされ方は初めてです。党をお預かりする立場の幹事長として、後継総裁を如何に選出するかが優先順位第一の仕事でした。
お陰様で辞任表明後、11日目の9月23日に、後継総裁を選挙等、開かれた国民政党らしく選出できたことを責任者の一人として感謝しております。国会開会中のことでもあり、なるべく短期間に選出しなければ国民にご迷惑をかけるとの思いがありました。従って11日間の空白で対処できたことは、一応許される範囲ではなかったかと思いつつも、政治空白、国会休業の様相を作ったことは、深くお詫び申し上げます。
選挙期間はできるだけ短いものとしましたので、党員による直接投票プラス、党所属国会議員票という、前回の総裁選挙の型はとれませんでした。1県3票とし、東京も3票、沖縄も3票という型になりました。党員一票の格差が出たことに対しまして、ご不満の向きも有ると存じますが、どうか事情をご賢察下さい。
さて、私は小泉内閣発足以来安倍内閣まで、6年半にわたって、政務調査会長と幹事長、総務大臣と外務大臣と、党三役、重要閣僚の職務に在り続けました。振り返ってこの二つの内閣は、後世歴史家に何と評価されるだろうか・・・と考えます。
ご当人の評価と歴史家との評価は異なると存じます。多分、国民保護法、有事法制等が小泉内閣の評価として高くなり、郵政民営化というのは忘れられていくと思います。また安倍内閣は教育基本法改正、防衛庁の省昇格、そして、憲法改正のための国民投票法の制定等が高い評価になるだろうと想像します。
しかし、歴史家がもっとも高い観点から日本の戦後政治を眺めて語るなら、戦後のマスコミ左翼に対し、小泉、安倍は一般国民の支持を背景に「保守の芽を大きく育てた」と言うことではないでしょうか。
思い返せば敗戦後60年有余、日本のマスコミ政治は「保革の対決」を煽って来ました。事実、「保革の対決」は、保は古いが革は新しい。新しいものは善で、戦前の古いものはすべて悪かの如きものとして、宣伝され続けられたのが敗戦後の日本の風潮であったように思います。確かに新しいものを建てるには、古いものを壊さなければなりません。しかし壊すのと、建てるのは似て非なるものなんです。
リーダーに求められる才能も異なります。19世紀中頃の日本において、旧幕藩体制を壊した立役者は西郷隆盛と思いますが、近代日本建設には貢献せず、明治10年西南戦争で没しております。代わって近代日本を作った建築屋はやはり岩倉視察団として海外を見て廻った、岩倉具視や大久保利通、若いところで伊藤博文。そして民間の学者として名をなす福沢諭吉たちだったんじゃないでしょうか。解体屋としての織田信長、建築屋へつないだ豊臣秀吉。そして270年の太平の世を建設した徳川家康。それぞれに時代の求めに応じた人間を得たのは、日本にとって幸いだったんだとは思われませんか。
敗戦後の東西冷戦時代が1990年に終了し、ソ連邦はロシアをはじめ15の国家に解体され、日本を取り巻く国際情勢は大きく変わりました。湾岸戦争が起き、9・11テロが起き、北朝鮮が核実験をした・・・etc.数え挙げられないほどの変化が日本の周囲で起きております。
安全保障に限らず、経済の面でもこれまでになかった現象が起きております。金利がゼロに近くても、企業は借入れをしてまでは設備投資をしない。石油をはじめ素材価格がこれまで値上がりしながら、インフレになっておらず、日本はむしろデフレ傾向。各国は揃って金融引き締め政策なのに、世界は金余り現象などなど、これまでの経済学では習ったことが無い状況に世界は直面しているんです。
私は正しい保守というか真正保守は、常に時代を見て、自らを改革せねばならないと確信しています。革新のように「全ての破壊の上に創造が有る」なんて叫んでいれば良い訳にゃいかず、新しい時代に合った日本を創らねばならないんです。日本人だということを、胸を張って誇れる国にしてこそ、保守の再生で有り、国際社会の期待に応えることなんだと信じているんです。そのためには「保守再生」であり、総理はその先頭に立つべきだと確信し、今後とも政治家として精進して参ります。
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